どーも、人生上あまたの失敗をしてきても、結局それらがあったからこそ、妻ベリーさんや子供たちに会えたんだと本気で思っている親男です。
(なので、過去の失敗はぜーんぜん気になりません。。。というのはちょっと嘘ですが、まあ結構気にならない方です)
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも数多くの失敗や行動が、主人公のお父さんとお母さんが出会う伏線になっているわけですし、厳然と科学で証明されていると言っても過言ではないかと思うわけであります。(SFだけど)
さて、4人の子供がいる我が家。
4人を連れて散歩なんかしていると結構いろいろな言動に出会います。
驚き(「え!4人?」)だったり、称賛(「すごいわねー!」)だったり、励まし(「頑張ってね、お父さん!」)だったり。
そんな言動には、いつもはただ普通にコミュニケーションするだけです。
「そうなんです。ありがとございまーす」みたいな感じで。
(たまにネガティブな発言がないこともないですが。まあ、そんなものは家族全員でスルーするだけです。)
で。
そんな中でよく言われるパターンで、いつもちょっと引っかかるのが。。。
子育てを「社会のため」や「国のため」、さらには「年金のため」とか。
そんな風な称賛+励まし系。
「社会のために頑張ってね」とか。
「子供は国の宝よ」とか。
「将来の年金のために頑張ってくれよ!」とか。
他意なく応援していただけているのは重々承知していますが。。。
何か引っかかる。
つまり。
別にベリーさんと私は子育てを「社会のため」に頑張っているわけではないですし。
別に「国のため」や「年金のため」といった、公共のためにやっているわけでもないですし。
なんだったら。
「国の宝」の前にベリーさんと私の「宝物たち」だ、と。
まあ、こんな風に思うわけであります。
(怒るほどじゃないんですが、なんか引っかかるんですよね、この称賛+励まし系。)
つーわけで。
「子育て」を公共で見守っていただけることは、非常にありがたい、と思う反面。
「公共のため」にやっているわけじゃないのになぁ、と思うわけです。
(いや、まあホントに怒るほどじゃあないんですが、なんかモヤるってやつです。。。)
で、私はと言えば、妻や子供たちと出会うために人生ずっこけたり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、してきたわけなのであります。(つまり、「社会のため」に子育てしているような崇高な人間ではないってことなのです)