どーも、最近歳を取る話ばかり書いている気がする親男です。
(つまり、ワシも否が応でも歳を気にしちゃう、おっさんというわけです。って、ダサいな。。。)
さて。
本日は週明けの会議日。
会議が何個かあったりするわけですが。
そのすべてにおいて、事前準備の資料は5分程度でつくったもの。
他部署の人々は何時間も残業の上につくるらしいですが。
ワシはその作成のすべてを自動化しているので、そんなに手間暇を掛ける必要がないわけです。
発表や報告も自動。
プレゼンは得意とするところなので、特に準備も必要なく自動。
そう、これは別に他部署のおっさんたちが頭が悪いとか、要領が悪いとか、無駄残業して意味あるの?とか、そういうことを言いたいわけではなく。
はたまた、ワシがハイパーに仕事ができるってことを言いたいわけでもなく。
ただ、歳を取るとそういう要領は自然と長けてくるものであるなーと思った週明け火曜日なのでした。
要領が良くなるといういうことは。
楽したいと思うことなわけで。
そうなってくると、自然と脳みそに引っかかってくることも減って。
なんとなく惰性で行っちゃうわけです。
こういうことを繰り返していると。
気がつくと11月になっていて。
2025年になっていて。
さらにはあっというまに2034年とかになっちゃってんじゃないのかと思うと。
ゾッとしたのでした。
(なんて言いつつ生産性のない仕事に時間はかけない流儀は変えませんけど。時間をかけるのは金を稼ぐ仕事に限ります。)
この3連休も妻ベリーさんと晩酌しながら。
あっという間に時間が過ぎていくことを話しました。
「こう言う感じなら、あっという間に死んじゃうんじゃないの?」なんて縁起悪い発言も。
「うん、そうかもね」なんて妙に納得している夫婦なのでした。。。
ということで。
人生なんてそんなもんなのかもしれないな、なんて最近ちょっと思うようになりました。
仕事も生活も要領よく自動運転が多くなると。
人は早く時間を感じちゃうんじゃないかの理論。
略して「仕事も生活も要領よく自動運転が多くなると、人は早く時間を感じちゃうんじゃないか理論」。
(「の」を取っただけじゃねーか。)
そういや、簡単なゲームって記憶に残らないし。
難しいゲームをクリアした時の快感はたまらないし。
記憶に必ず残るものだし。
だから、何につけても。
多少は歯ごたえ(ストレス)があったほうが、案外といいのではないかという。
略して!
。。。
。。。
。。。
。。。
。。。ってもういいわ。