親男日誌 ―4人きょうだいとベリーさんと私―

都内で夫婦共働き、4人の子育て(ナルニア物語と同じ男→女→男→女)、妻はベリーの暮らしのベリーさん、そんな家族のお父さんのブログです

【万人に好かれる】のは無理なので。。。

どーも、昔から敵をつくる達人の親男です。

(そういう敵をつくることも厭わないってやり方は、結婚前から妻ベリーさんには注意されていますが。わかっちゃいるけどやめられない、のです。ってやりたくてやっているわけじゃないけど。)

 

さて。

 

ワシが常々思っていることが。

表題の通りで。

万人に好かれるのは無理、ということ。

 

これって、アホほどアタリマエのことなのに。

人は案外とそのことを忘れちゃって。

いざ嫌われちゃうとショックを受けたりして。

 

人は自分自身を標準(かそれ以上)だと思っているので。

「まさか人間力の偏差値が50以上のワタシが嫌われるなんて」と心の奥で思っているのかもしれないわけです。

 

ただ。

人間関係は自分自身が持っている尺度と同じものを他者が使っているわけでない以上。

そこにあるのはただただ単純に「合う・合わない」それだけだと思うわけです。

 

ネットで何か発信をしている人ならその辺はすぐに実感されるかもしれませんし。

月に何回も講師を依頼されている私としても。

つくづくと実感するわけです。

 

「やべ、今回はなんかノリが悪い回だ」なんて思うと、案外当たっていたりして。

まさにそこにあるのは「合う・合わない」のみ。

 

だからまあ、ワシが思うのは。

嫌われようが、受け入れられなかろうが。

それを好かれようとか、受け入れられようとか、別に思わなくてもいいんじゃないのかなってことです。

だって、無駄だもの。

「合う・合わない」なんて魂の根っこみたいなところの共鳴や不協和音みたいなものだから。

そこに使う労力も体力も気力も時間も無駄かなと。

 

究極相手をないものとして扱っちゃえば気にならないわけです。

 

とは言え、職場やPTAや保護者会で一緒だと、そうも行かない時もあって。

「合わない」人とも関わらなきゃそもそも物事が進まなかったりして。

げに人の世はままならないわけです。

 

なので。

ワシがそんなときにやっていることを開陳させていただきますと。

 

それは。

The 修行僧。

 

そう、修行僧のように極めて淡々と。

めんどくせーなー、とか。

コイツマジ腹立つなー、とか。

このクッソジジイ(ババア)が!

なんてネガティブマインドを持たず、「南無」と唱えて。

ひたすら実務だけを。

淡々と。

まさに淡々と。

進めるのであります。

(ちなみに「南無」は「I believe」だから何の意味も持たないけど。。。)

 

 

ということで。

 

なんて言いつつ。

👆️みたいに書いたところで。

それができるほど私は人間ができていません、わっしょいバンサイ。

だから。

どうにも腹立つやつっているので。

あいつバッカだなー、なんて極力軽く思うようにしています。

 

ま、人間ができていない、という点で考えると。

修行僧も道半ばなわけで。

けっきょくワシと同じじゃん。

なんて思ったりするわけであります。

 

あー、バカには関わりたくない。

てか、関わってきてほしくない。

クワバラクワバラ(古語)。

残念な真実として、世の中の半分は確実にバカです。なので自分が下半分にいないことを祈るばかりであります。©親男
 

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