親男日誌 ―4人きょうだいとベリーさんと私―

都内で夫婦共働き、4人の子育て(ナルニア物語と同じ男→女→男→女)、妻はベリーの暮らしのベリーさん、そんな家族のお父さんのブログです

【座右の銘】。

どーも、割に人生経験豊富な親男です。

さて。

私には座右の銘があります。

それは(以前にもご紹介したことがあると思いますが)。

「禍福は糾(あざな)える縄の如し」

です。

 

意味はいい事と悪いことはまるでより合わされた縄のように交互に現れるって意味で。

まあ、ほぼほぼ「人間万事塞翁が馬」と似ているかなと。

私は何かいい事があった時は「禍福は糾える縄の如しだ」と思って、なるべくフンドシの紐を締めるようにしています(例えが古いうえに「フンドシ」って。。。)。

いい事がある時って、とかく有頂天になりがちですが。

ワシの場合、そうでも思っておかないと、際限なく増長するタイプなので。

これまでの人生経験上の戒めとしております。

一方。

なにか悪いことが起こったときは。

必ずこれは何かの糧になっている、とか。

未来のいつかの地固めのため、なんて思うようにしています。

と簡単に書いていますが。

いい事があったときの戒めは比較的簡単でも。

悪いことがあったときというのはそう簡単に思えないもので。

まあ、その悪いことで何かを恨みそうになったり、誰かのせいにでもしそうになった時に。

そのモードが発動されるようにしています。

「ったく、なんだよ」

「腹立つなー」

みたいな時に、自動発動。

「いや、待て、これは数年後の何かのためのものかもしれんぞ」と。

別にそう思ったところで。

悪いことがすぐさまいい事に変わるわけでもないので。

鰯の頭みたいなもんなんですが。

頭の中はちょっとはマシに整理されます。

 

 

ということで。

いまチームのメンバーの若手の一人が。

一人悩んでいます。

親族のことがきっかけのようですが。

まだ出口は見えないようです。

仕事場と仕事が何のサポートをできるのか、というかまったくできないわけですが。

禍福は糾える縄の如し、なんて思ってもらえたらいいな、なんて思います。

もちろん。
出口の見えない人に、他人の座右の銘なんて本気で余計なお世話なので。
伝えてないですし、伝えるつもりもないですが。

少しでもそんなふうに考えてほしいな、なんて思います。


できることがない分、どうしようもないので、ただ見守るしかないわけで。

自分の無力をヒシヒシと感じるわけですけど。。。

 

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