どーも、大学生の頃にやったゲーム『俺の屍を越えてゆけ』が好きだった親男です。
さて。
そのゲームはスゲー面白いシステムで。
一人の主人公でゲームをやるのではなく。
各世代(子どもや孫)の主人公をプレイするもので。
なので。
次の世代に能力を継承していかなくてはいけないという。
短命を運命づけられた一族の物語。
だから愛着持ってやっていたキャラクターもいつか必ず死んでしまい。
継承して蓄積していった能力で一族の宿敵を追い詰めいるというものです(たしか)。
もうプレイして20年以上経つから、全体的におぼろげですが。
画期的なシステムだったということで憶えていますし。
なによりも今となっては。
ワシの子育て感にマッチしているから忘れられません。
どうしてかと言いますと。
ワシが人間社会の本気で嫌なところが。
「親」が絶対的な壁になっている点。
その壁を見上げても。
壁に行き詰まっても。
壁を乗り越えようとしようとしても。
常に「壁」が存在していて。
ホント、宿命のように「壁」があるのが。
イヤです。
ワシは心の底から。
そして、子どもたちには「お父さんたちよりも何でもできる方がいい」って言い続けていましたが。
それでもやっぱり「親」がネックになり得る。
ということをワシのブログ書きの場所。
台所の片隅で妻ベリーさんと話していました。
二人でビールを片手に(ベリーさんは料理しながら、ワシはビールを飲みながら)。
親なんて軽く超越していけ、我が家の子どもたち。
ってワシは思いますけど。
そう簡単なことでもないんじゃないかというのがベリーさんの意見。
確かに。
そうかも。
だとすれば、どうすれば。
親は子どもたちの夢の実現のために邪魔にならないのか。
サポートするのは当たり前のもちろんとして。
障壁や限界やそういった「壁」にならないようにできるのか。
ワシにはまだ何が正解なのかわかりません。
ということで。
どういったことであれ。
後の世代は前の世代を超えていくべきだとワシは思います。
子どもたちには「人生」ということのすべてで。
超えていってほしい。
幸せになってほしい。
ホンキでそう思うわけです。
ワシ自身。
足りぬ行動が多々あれ。
そう思うことはホントのホンキなのであります。
