どーも、バカが親なのか、親がバカなのか、時々わからなくなる親男です。
(どっちにしろ自分が「親男」ってことなら、置換すりゃ「バカ男」になるという理屈であります、ってうるさいわ。)
さて。
子どもの習い事。
子どもの大会。
子どものコンクール。
子どもの定期試験。
子どもの受験。
親はなぜ子どものサポートをするのでしょうか。
早起きして弁当をつくり。
送り迎えし。
月謝を払い。
土日を潰して応援しに行って。
一体全体何がしたいの?
目的はなに?
最近。
ワシが特にバカな奴らだなーと思っている人種は。
子どもの功績を。
自分の誉れのように気取っている奴ら。
つまり、バカ親。
いや、頑張っているのは。
紛れもなく子どものほうなわけで。
お前じゃない。
結果を出しているのも。
継続して頑張っているのも。
お前じゃないんだよ、バカ親ども。
一体全体なんで子どもたちのサポートしているの?
ワシは。
多くのバカ親が。
自分のために子どもをサポートしているように思えてしまって仕方ありません。
おそらく。
バカ親は一生かかってもわからないと思いますが。
親が子どもをサポートする目的は。
子どもに幸せになってもらう、こと。
だけ。
だとわしは思うのです。。。
成功した子ども。
コレ。
クソみたいに嫌いな言葉です。
それは親にとっての「都合のいい成功」をした子どものことを言うのであれば。
心の底から下品な唾棄すべき言葉だと思います。
子ども自身の成功はあるかもしれないけど。
「成功した子ども」なんていて溜まるかっての。
ゾッとするよ。
だから。
ワシは子どもの出した結果を。
偉そうにするやつはキライです。
いい中学。
いい高校。
いい大学。
いい就職先。
誰にとっての「いい」なのか。
親のお前にとってじゃねーぞ、バカ。
と。
バカ親にいうバカ親男なのであります。
ということで。
なんのことやらさっぱりというようなことを書いちゃいましたが。
ワシが言いたいことはただ一つだけ。
「成功した子ども」という言葉は醜悪であるということです。
もしも子どもをそんなふうに表現して。
そんなふうに見ている親がいたら。
じゃあ、お前は「失敗した大人」だよ。
と言い切ります。
親が願うことと目的にすることは。
子どもの成功であり。
子どもが幸せになってくれることだ。
ってことだと思うのであります。
バカ親。
バーカ。
子どもの成功はお前の成功じゃねーぞ、勘違いすんなバーカ。
