どーも、昭和の喫茶店のナポリタンやサンドイッチが好きな親男です。
(変な工夫はしない、直球で勝負!って感じが好きです。)
さて。
タイトル通り、妻ベリーさんとの結婚当初から私が苦手なこと。
それが茶を淹れてもらうこと。
って。
ただまあ、さすがに苦手と言っても。
もしも淹れてもらったら、おいしく飲みますし。
当然、感謝はしてます。
が。
いつまで経っても。結婚10数年でも。
一向に慣れん。。。
で。
その理由は。
別にベリーさんの淹れる茶が劇的にまずいとか(てか、いつも私の3倍くらいの時間をかけて丁寧に淹れてくれますので、まずい筈はない)。
普通のコーヒーが好きなのにタンポポコーヒーを淹れてくるとか(タンポポコーヒーはカフェインレスの授乳中のお母さんなんかが飲むコーヒーです。やさしいヤツ。)。
淹れてくるというより、点ててくるって感じで、やたら作法にうるさいとか(お茶の作法はたぶん私には絶対無理。。。)。
ってのとは全然関係なく。
ただ純粋に私の記憶に由来します。
で。その記憶ってのが。
そのうち詳しく書くことになるかもしれませんが。
かつての。
私の父と母の関係に由来します。。。
で。
私。茶を淹れてもらうことと似た感じで苦手なのが。
配偶者に従属しているような人を見るのがきつ過ぎて苦手、というのがあります。
従属させている方はもちろん嫌いですが。
従属している方も結構苦手。。。
でもって。
それが、私の幼少のころの父と母の関係で。。。
母は無条件に「お父さんは」と言って父を立て。
父は無条件にそれが当然だと思い。
多少の理不尽があっても母は目をつむり。
理不尽をしたという自覚のない父。
そして。
そういった関係の象徴としてあるのが。
母が父の茶を淹れる、という記憶なわけです。
なので、ちょっと極端な結びつきのように思われるかもしれませんが。
マジでずっと苦手なわけです。
ベリーさんが「お茶、淹れようか?」と言ってくることはもちろん多々ありますが。
そのうちの何割かはなぜか「大丈夫」と言ってしまうという。。。
別に飲みたくないわけでもないんですけどね。。。
淹れてもらっている時間がなんか気が引けるというか。
そこはかとない罪悪感を覚えるというか。。。
ということで。
そんなもんオメーの考えすぎじゃん、と言われればそれまでなんですが。
まあ、この歳になっていまだに嫌いなものって。
多分本質的に嫌いなものなわけで。
いまさら直したってしょうがないと思うし。
そもそも直せやしないじゃない?なんて思うわけであります。
なんで、いまだに街中でどっちかが偉そうにしている夫婦なんかを見ると。
エンガチョって心の中で唱えてしまうのです。。。