どーも、イライラしているやつが大嫌いな親男です。
(イライラして何か世界が好転するなら存分にすればいいけど、そんなわけあるか、バーカって思います。)
さて。
10数年、乳幼児が絶えることのない我が家で。
子育てをしていると。
いろいろといい目も悪い目も経験します。(当たり前だけど)
で。
そんな中、思うことがありまして。
早々に結論から申しますと。
子どもを愛でるってことは気持ちの余裕である、ということです。
子育てをしていると。
ざっくりと。
だいたい3段階くらいに分かれる対応をされまして。
第1段階は、子どもや子育てに何か恨みがあるのかってくらいのイラチとの遭遇。
第2段階は、子どもや子育てにまるで無関心、空気。
第3段階は、子どもや子育てを好意的に受け止めて反応してくれる人々。
だいたいこの3段階。
で、人には主義、主張、思想、信念があるので。
どんな対応をしても・されても、人様に迷惑をかけない限りは、どうだっていいし、ワシがとやかく言う立場にあるわけでもないと思うわけであります。
が。
子育て中の身としては。
やっぱここで特筆したいのは。
第3段階の人々。
と言いますのも。
今日、何人かそんな人達を見て。
あー、結局気持ちに余裕があるから、そういう笑顔を向けられるんじゃないかな〜。なんて思ったわけです。
朝、次女で年中のぽにちゃんはサングラスをかけて自転車の前の席に乗っているのですが。
その光景が面白いらしく、微笑んでくれる人が結構います。
そんでもって。
今日の帰り道。
いつもと違う道で下町を縫うように保育園のお迎えに向かっていたら。
イカツイ町工場のおじさんが溶けそうな顔で首を傾けていて。。。
正直不気味。。。なんて思ったら。
あるお母さんが抱っこしている赤ちゃんを見て、その赤ちゃんの首の向きに合わせて自分の首も傾けていて。
おそらくは自分の最大限の笑顔をつくって赤ちゃんに見せていたのでした。
そういう気持ちって。
たぶんギスギスしてたら無理で。
イライラしてたらありえなくて。
切羽詰まってたら絶対なくて。
つまり。
余裕がないと無理なわけです。
いいとか悪いとかではなく。
子どもを愛でるってことができるのは。
すべからく気持ちの余裕がないと無理ってことなわけです。
赤ちゃんや幼児、子育て中の親御さんが押すバギーなんかに。
愛想の一つ。
親切の一つ。
笑顔の一つ。
くれたって、その人が損することなんざないわけで。
いわゆる、マックのスマイル、ゼロ円なわけです。
ということで。
こうもクソ暑いと。
ついつい気持ちの余裕もなくなりがちかもしれないですけど。
ま。
こういう時だからこそ。
赤ちゃんや幼児、子育て中の親御さんが押すバギーなんかに。
愛想の一つでもあげれば。
だいぶ社会はやさしくなるんじゃないかな、なんて思うのです。
どうせ生きてくんなら。
イライラ、ギスギスの中で人生を送るよりも。
たった5度ほど口角を上げて気分良く過ごしたほうが。
よろしいんじゃねーのかな。
なんて思うわけです。
情けは人の為ならず、って言うしね。
やっといて損はない。
てか、人生のコスパは確実に良くなるんじゃないかな、なんて思うわけであります。