親男日誌 ―4人きょうだいとベリーさんと私―

都内で夫婦共働き、4人の子育て(ナルニア物語と同じ男→女→男→女)、妻はベリーの暮らしのベリーさん、そんな家族のお父さんのブログです

【謙虚さ】は人間社会の潤滑剤。

 

どーも、傲慢なおっさんとジジイが大嫌いな親男です。

(って、好きな人間なんてどこにもいるわけないから当たり前か。。。)

 

さて。

 

「謙虚」というものは、一体どういったものでしょうかね。

 

と。

ふと思ったりした理由は。

 

今日、初めて散髪してもらった人から。

「営業かサービス業をされていますか」と言われ。

(かなりの広義では)当たっていたので「なんで分かるんですか?」と聞いたところ。

「謙虚な仕草で、言葉も丁寧だからです」とのこと。

 

。。。とのこと。

 

 

とのこと、であります。

 

 

 

あれ?

あれあれ〜。

わかっちゃったかな〜、わかる人にはわかるのかな〜。

ワシが謙虚だってこと。

うんうん。

苦しゅうないぞ、ワシは謙虚だぞ!

ヒャッハー。

くたばれ人間!

 

と。

照れ隠しに書いちゃうわけですが。

ブログではこんな頭の悪い感じの私も。

実生活では案外気のいい人な感じなわけです。

 

でまあ、褒められついでに(ワシは褒められたと思っている)。

謙虚ってどういうことかなーと散髪の間考えていて。

それが冒頭の疑問なのでありました。

 

私。

塩梅のいい謙虚さって実は結構難しいのかな、なんて思います。

 

世の中には「謙虚」っぽいバカ丁寧な人がいますし。

はたまた、やたらと何でもへりくだる私が大嫌いな人種も存在しますが。

多分そういう人はそれが本質じゃないって普通にわかります。

 

そういう人たちを私が嫌いな理由は。

なんかそれが「小動物の怯え」のようなところが見え隠れするから。

にも関わらず。

生存のための「狡猾さ」も臭ってきたりして。

 

とかく鼻につくわけです。

 

 

一方。

しっかりと身についた謙虚さというものは。

一種の気品があるのではないかと思います。

 

つまり。

己をはっきりと認識している上で。

他者と線引をし、そして所作、言動に他者への配慮を乗せる。

って感じでしょうか。

 

その謙虚さが気品につながるのではないかなと。

 

 

というわけで。

 

皆さま。

お気づきでしょうか。

 

謙虚さは気品なんて考えを述べる前段で。

私が散髪で「謙虚と言われた」っつーエピソードを載せるという意味を。

 

つまり。

ワシには気品がある。

という三段論法なのであります。

 

  • ワシは謙虚と言われた
  • 謙虚さは気品だ
  • つまりワシは気品がある

うん、きれいな三段論法。

 

い~やっほー!

気品気品やっほー!

 

。。。

 

。。。

 

。。。

 

。。。

 

 

。。。ってバカなことばっか書いている人間に謙虚さも。

ましてや気品もないってことは。

 

ったりめーだろ。。。

って話であります。

 

本日もくだらないこのブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。(👈似非謙虚)

願わくば傲慢にならず謙虚でいたい。あとバカにもなりたくない。。。 ©親男
 



 

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