どーも、ここ最近のブログ記事のタイトルに句点「。」を最後につけているのは、おじさん構文はたいてい「。」をつけると笑いものになっているのを見て、だったらむしろ使ってやろーじゃねーかという、意味不明なことに意地になっている親男です。
(人生にはもっと大事なことがあるのに、こういうことに意地になっているちっぽけな自分が好き。)
さて。
困ったときのはてなブログのお題。
毎日ブログを書くことを日課にしている自分としては。
はてなブログのお題を使うことはなんとなく負けな気分なのですが。
月曜だし。
なんとなく週明けで気分も跳ねないし。
まあいいかなと。
(自分で自分に言い訳する。)
で、本日のお題は。
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今週のお題「小さい春みつけた」
「小さい春」という表現が昭和な感じでダサいですが。
(ダークダックスか)
まあ、それはいいとして。
(文句ばっか言うならお題に頼るなよ。。。)
私が感じる春は。
やっぱり私の愛すべき日課である保育園のお迎えのときです。
私は。
恐ろしく忙しくても。
できるだけ17:30までに退勤を目指して保育園に向かうことにしているのですが。
(私がそれを何年も前から遵守しているので、私のチームはみんな風のように退勤するのが当たり前になりました。よその部署からはいつもやっかまれたりするわけですが、そんな事知ったこっちゃありません。)
オフィスのビルから出てきたとき。
ちょうどオフィスのエントランスは西向きなので。
夕焼けが見えるわけです。
(もちろん千代田区のど真ん中なので、きれいな夕焼けでもなんでもなくて。そこはかとない夕焼け感程度ではありますが。)
で。
その時。
暗くない。
お空が暗くない。
冬の間中、オフィスから出てきたら街灯が灯って。
夜。
な感じだったのに。
同じ時間に出てきても。
まだ空が明るい。
これだけで。
気分は弾みます。
たったこれだけのことなのに。
よくよく考えますと。
別にだからといって、時間を得しているわけでもないし。
絶対的な時間はなーんにも変わんないのに。
なのに。
オフィスから出てまだ明るいってただそれだけで。
季節が変わることとか。
嫌いな冬が終わることとか。
そういったことが。
ワシの体内時計的には嬉しい影響を与えるわけです。
むずかしいことを考える前に。
単純にそれを喜びに変えられる、そんな単純なワシの脳みそが好き。
単純・単細胞バンザイ。
(ってうるさいわ。)
ということで。
今日のお題のようなことを書いていていつも思うのは。
「春」を素敵に表現した清少納言ってやっぱすげーや。
って思います。
春が持つワクワク感やアゲアゲ感をあんなふうに少ない言葉で表現できるってどんなふうに平安の春を見ていたのでしょう。
私は故郷が雪国ですので。
京の都人のように「春」をミヤビにホノカに感じるよりも。
圧倒的に待ち侘びる感が強いと思います。
「春、来いや!今すぐ来いや!冬はもういい、うんざりだ!」みたいな。
たぶんそんな雪国の頃の記憶が、私の感性に強く影響を与えていると思うわけです。
(たとえ東京に出てきて過ごした時間の方が長くなったとしても、です。)
つーわけで。
春っぽくなりかけている空気の中。
保育園からの帰りに。
次女ぽにちゃんと一緒に自転車に乗りながら。
桜が咲いたら。
お花見でビールを飲みたい、って思いながら。
もうちょっとだけ春を待つわけであります。
。。。結局、ビールかよ。