親男日誌 ―4人きょうだいとベリーさんと私―

都内で夫婦共働き、4人の子育て(ナルニア物語と同じ男→女→男→女)、妻はベリーの暮らしのベリーさん、そんな家族のお父さんのブログです

夫の目線:夫婦って案外分かり合えてない

どーも、もしもあなたが伴侶にいきなり何かのハードル(期待値)を上げられたらどうしますか?という疑問と不安で頭がいっぱいの親男です。


本日「ベリーの暮らし」から借りてくるテーマはこちら↓。

www.berry-no-kurashi.com


自分のブログを取り上げてくれたブログ記事を取り上げるという無限ループ作動中です。

 


で。

 

まあうれしいかうれしくないかと言えば、うれしいんですが。。。

これってメチャハードルを上げられていないかという。

やってくれたぜ、我が妻よ。というやつであります。
(なんせ上の記事のURLのセンスがすごいぜ。。。)

 


さて。

そんな不安定状態のおっさん親男として。

今回の記事とは言わず、最近ブログを書き始めて気付いたことがあります。

 

それはつまり。

 

夫婦って案外分かり合えてない、ってことです。

 

 

私とベリーさんは付き合い始めから数えてだいたい20年弱。

お互いの人生で一番たくさん一緒にいて。

病めるときも健やかなるときも一緒にいて。

喜びも悲しみも分かち合っているだろうはずなのに。

 


ベリーさんがよく私のブログを読んで、「こんなふうに考えていたんだ」と感想を言ってくれますが。

それはまったく私も同意見であります。

 


じゃあ、ベリーさんと親男は普段のコミュニケーションが希薄だったのかというと、別にそういうわけでもないはずなわけです。

 


なのに。
分かり合えていないという現実。


で。

これって実は、悲しくも残念でもなんともなくて、すごい当たり前っちゃ、当たり前だなあ、なんて考えます。

 

 

つまり。
夫婦だろうが何だろうが別の脳みそなんだから当たり前って話なわけであります。


映画「タイタニック」の二人だって。
落語「芝浜」の二人だって。
ボニーとクライドだって。
サザエとマスオだって。

どんなに壮大なラブロマンスの果てに結ばれた二人でも脳みそは別なんだから、「なんでも分かり合えている」ってことはないと思うわけです。(サザエとマスオのラブロマンスは知らないけど)

 

「私たち夫婦は分かり合えています」って言いたいなら、脳みそと脳みそをプラグでつないでデータ交換するしかない。
けど、そんなことをしたい夫婦ってのはあんまりいないと思うわけです。

 


なので。

「分かり合えている」という一見いいことに思えることも、実は本当にそうなのかな、と思う親男であります。

 

つまり「分かり合えていない」ということに気付けただけ儲けもんって話です。

 


というわけで。

これからも夫婦両面で「あれ?こんなふうに考えていたんだ」ってブログを書いてみたいなあ、とも思うわけであります。

 


ちなみに。
私のブログの写真画像はほぼすべて「ベリーの暮らし」から拝借中です。

そこは大目に見てもらい「分かり合いたい」と考えるのはやっぱり都合がいいでしょうか。

と。

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ベリーさんと親男 ©親男

 

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